大判例

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仙台高等裁判所 昭和49年(ネ)133号 判決

控訴人

堀江虔治

右訴訟代理人

今野佐内

被控訴人

鈴木久

右訴訟代理人

土屋芳雄

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者の事実上の主張および証拠関係は左記に付加するほか、原判決の事実摘示欄の記載と同一であるから、これをここに引用する(〈付加訂正省略〉)。

(控訴人の主張)

一、控訴人は左記三通の約束手形を所持している。

(一)  額面   金五〇万円

支払期日 昭和四二年八月一七日

支払地   福島市

支払場所  株式会社秋田銀行福島支店

振出地   福島市

振出日   昭和四二年七月六日

振出人   寒河江曹昌

受取人   第一、第二、第三被裏書人 白地

第一書人 佐藤茂夫

第二裏書人 渡部博

第三裏書人 佐藤栄治

(二)  額面   金一〇〇万円

支払期日 昭和四二年七月二四日

支払地、振出地

東京都中央区

支払場所  株式会社富士銀行室町支店

振出日 昭和四二年四月一五日

振出人   伊東産業株式会社

受取人兼第一裏書人

三光産業有限会社

第一、第二被裏書人

白地

第二裏書人 渡部博

第三裏書人 佐藤栄治

第三被裏書人兼第四裏書人

株式会社徳陽相互銀行

第四被裏書人(取立委任)

株式会社富士銀行

(三)  額面   金六〇万円

支払期日 昭和四二年八月三一日

支払地、振出地

福島県伊逮郡川俣町

支払場所  東邦銀行川俣支店

振出日 昭和四二年六月三〇日

振出人   渡辺亀三郎

受取人、第一、第二、第三被裏書人

白地

第一裏書人 渡辺孝祐

第二裏書人 佐藤茂夫

第三裏書人 渡部博

第四裏書人 佐藤栄治

二、右三通の約束手形について渡部博はいずれも支払拒絶証書作成業務免除のうえ裏書譲渡しているものであるところ、右(一)の約束手形は佐藤栄治が、(二)の約束手形は取立委任を受けた株式会社富士銀行が、(三)の約束手形は同じく株式会社東邦銀行がそれぞれ支払期日に支払場所に支払のために呈示したが支払を拒絶された。そして控訴人は期限後に右各約束手形を佐藤栄治から(右(二)の約束手形は徳陽相互銀行から佐藤栄治が受戻した)裏書譲渡を受けた。譲渡を受けたのは昭和四二年七月末から同年九月頃までの間である。したがつて渡部博は右各約束手形の裏書人として、控訴人に対して右約束手形金を支払うべき義務がある。

三、渡部博は、昭和四五年五月二六日被控訴人に対し本訴請求にかかる債権を譲渡したのであるけれども、右のように債権譲渡前に、本件債権と右約束手形の遡求権ないし利得償還請求権にもとづく約束手形金の支払請求権はすでに相殺適状にあつたので、控訴人は右約束手形金請求権を自動債権として本件債権と対等額において相殺する旨の意思表示を本件口頭弁論期日(昭和五一年三月二四日)において行なう。

四、右の各約束手形は、いずれも控訴人が自宅を大掃除した際発見したもので、原審においては提出する機会がなく、控訴審において提出するほかなかつたものであるけれども、その証拠調に特段の手続や時間を要するものでもないし、控訴人に訴訟の完結を遅延せしめる目的があつた訳でもないから時機に遅れた防禦方法とはいえない。

五、右(二)、(三)の約束手形について控訴人の裏書が、各約束手形の末尾の受取人欄に記載されていることは認めるが、それは裏書欄の余白がなかつたためであつて手形金が決済されたという趣旨ではない。

六、渡部博と佐藤栄治間の裏書が取立委任の趣旨であるとの点は否認する。

(被控訴人の主張)

一、控訴人がその主張するような内容の記載のある三通の約束手形(本件約束手形という)を所持していることは争わない。

二、しかし、本件訴訟は訴が提起された昭和四七年九月からすでに三年五ケ月を経過し、昭和五一年二月一八日の口頭弁論期日において控訴審の口頭弁論も終結することが予定されていた。ところが、控訴人は同日の口頭弁論期日に、従前の審理に全くあらわれていなかつた本件約束手形を提出し、相殺の抗弁を主張するにいたつたものであり、被控訴人としては、右の抗弁に対抗するため、被控訴人側の主張立証のため更に日時をついやす必要があり訴訟は更に遅延することとなつた。このような抗弁は、控訴人が故意または重大な過失により時機に遅れて提出したものであるから却下さるべきである。

三、本件約束手形のうち(二)、(三)の約束手形については、控訴人の署名押印は約束手形金の受取人欄にある。したがつて右約束手形はいずれも既に決済済みのものである。そして(一)の約束手形も右(二)、(三)の約束手形と裏書人が共通であり、満期日も近接しており、控訴人の署名押印の態様が類似していることから考えると同様に決済済みのものである。

四、また控訴人は、本件約束手形を、被控訴人が渡部博から本件債権を譲り受け、かつ同人の債権譲渡通知が控訴人に到達した昭和四五年五月二八日以降に佐藤栄治から譲り受けたものである。そうでないとしても、控訴人は本件約束手形の各満期から一年を経過し、所持人の渡部博に対する遡求権がいずれも時効により消減したのちである昭和四三年九月以降に右約束手形を佐藤栄治から譲り受けたものである。したがつて控訴人の遡求権と本件債権が相殺適状にあつたことはない。

五、また、本件約束手形の渡部博から佐藤栄治へ、佐藤栄治から控訴人への各裏書は取立委任の裏書であるから、控訴人は渡部博に対し遡求権を有しない。

また渡部博が利得したことの証拠はないから同人に対して控訴人は利得償還請求権を行使し得ない筈である。

六、以上の主張が理由がないとしても、本件約束手形の振出人の約束手形金支払義務は時効により消滅している。したがつて遡求義務に応ずる者は償還と引替えに約束手形を取得したとしても、その前者なかんずく振出人に対し完全な手形上の権利を取得することができないことになる。したがつてこのような約束手形の所持人はそもそも遡求権を行使し得ない筈であり、それ故に遡求権を自動債権として他の債務と相殺することもできないのである。

七、また、控訴人は、本件約束手形について、渡部博に対し手形法第四五条所定の支払拒絶の通知を所定期間内にしなかつた。そのため渡部博ないし被控訴人は、本件約束手形の各振出人に対し権利確保の手段を講じ得ず、本件約束手形金の回収ができないことにより同額の損害を蒙むつた。右の損害は控訴人の過失によるものであるから、控訴人は本件約束手形金相当額の損害を被控訴人もしくは渡部博に賠償する責任がある。したがつて被控訴人は右の損害賠償請求権を自動債権として、自らまたは渡部博を代位して控訴人の遡求権と対等額において相殺する旨の意思表示を本件口頭弁論期日(昭和五一年七月一九日)において行う。

(証拠)〈略〉

理由

一当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるものとして認容すべきものと判断する。その理由のうち、当事者が原審においてした主張に対する判断は、原判決が理由中で判示するところと同一であるからこれをここに引用する。控訴人が当審において提出した書証援用した証言も右の認定を左右するに足りず、この認定に反する当審の控訴人本人尋問の結果(第一回)は採用できない。

二そこで、当審において主張された控訴人の相殺の抗弁について検討する。

まず、被控訴人は、控訴人の相殺の抗弁が時機に後れて提出されたものと主張するが、控訴人が故意または重大な過失により右の抗弁を時機に後れて提出したものとまで認め得る証拠はないから、右の主張を却下しないで判断することにする。ところで、控訴人が当審において主張する内容の記載がある本件約束手形を所持していることは当事者間に争いがないけれども、控訴人の主張自体ですでに明らかなように、本件約束手形のうち(一)の約束手形の満期は、昭和四二年八月一七日、(二)の満期は同年七月二四日、(三)の満期は同年八月三一日であるから、控訴人が相殺の意思表示をした昭和五一年三月二四日にはすでに満期の日から三年を経過しているために、振出人の約束手形金支払義務は時効により消滅していることが明らかであり右の時効の中断がなされていることの主張立証は存しない。してみると、本件約束手形の主たる債務者の債務は時効によつて消滅したことになるから本件約束手形の所持人は遡求権を行使することができないものというべきである。けだし、遡求義務者に対して支払と引替えに、拒絶証書等のほか手形の交付を義務づけている手形法第五〇条一項の規定の趣旨は、遡求に応じて償還した者に前者に対する求償を可能にするためのものであるから、前者に対し求償し得ない手形を返還して償還を求めることはできないと解するのが相当というべきである。中断をしないで時効にかけ、主債務者の責任を追求し得ないようにした所持人は不利益を受けてもやむを得ない。そしてこのような考えは、所持人が裏書人に対して手形金の償還を直接求める場合と、その遡求権を自動債権として相殺する場合とで異なる訳はないから、控訴人は、渡部博に対し本件約束手形の遡求権を自動債権として本件債権との相殺を主張することはもはやなし得ないものというべきものである。

また控訴人は、渡部博に対する利得償還請求権をも主張するが、同人に利得が存することを認め得る証拠はない。

三以上の次第で、控訴人の当審における主張も採用できず、したがつて本件控訴は失当として棄却さるべきであるから、控訴費用について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石井義彦 守屋克彦 田口祐三)

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